3月20日でイラク戦争から4年目をむかえる。アフガニスタン戦争からは早6年。
残念なことに両国とも未だ安定をみていない。
二つの国の取材に10年あまりをついやしてしまった。昨年7月、かなりの危険を覚悟で行ったイラク取材。戦争の始まりだけを取材して後はほっておくというのはイヤだという自分へも思いからだった。取材後、現在のイラクを取材するのはこれ以上厳しいとも思った。
そんな中、以前から気になっていたアフリカへ行く道筋がたちはじめた。日本から遠いアフリカは報道に上がってくることも少ないが、内戦や飢餓でアフガニスタンやイラクより沢山の人々が亡くなっている国も多い。そんな国を取材しようと、重い腰を上げた。また、赤字取材の始まりになってしまうかも。
一口にアフリカと言っても沢山の国があるが、今回はスーダンに着目しようと思う。きっかけは日本の国連事務所で緒方貞子さんとお話できたことだった。そして今、アフリカの玄関とも言えるケニアのナイロビに入ってきた。
Photo:近代都市の様相を見せるナイロビ。

 
宗教音楽:このモスクで宗教音楽をやっていた。
生まれて初めて「青ナイル」を見た。
スラム:一昔前の日本のように、商店のテレビの前に人々が集まっている。
2月21日
時が動いた。 ナイロビではスーダンのビザ待ちの時間が続き、スーダン行きの準備の毎日。
突然時が動いた。 朝一番に電話したカンベさんからcall
back があり、今日のお昼にどうですか?と誘ってもらった。僕はpcを持ってネット屋さんへ行く途中だったが、慌てて引き返し、pcとカメラをチェンジして出
かける。 カンベさんはヒルトンの前から46番に乗ってハーリンガムショッピングセンターに来てくださいと言った。
午後1時の約束時間まで一時間を切っている。いつもとは違うマタツに乗り、乗り換えの場所で降りるが、次のマタツが来ない。
結局、ヒルトンホテルの裏側まで3キロ近く歩いてしまった。後で聞けば僕が歩いた道はとても危険な場所だったらしい。
汗だくになり46番のバスに乗り込む。折角さそってもらったのに時間に間に合わず置いて行かれちゃもったいないので、結構走った。汗だくになり46番の
バスに乗り込む。ハーリンガムショッピングセンターに着いたのは1時10分過ぎ。カンベさんに電話すると、迎えに行くからそこにいてくださいと言われ、
待つこと役20分カンベさんが現れた。
カンベさんはナイロビ在住の獣医さん。僕の親友でUNHCRで働くヨシさんが紹介してくれた。
カンベさんとNGOの女性5人とともにナイロビのスラムを訪れた。
僕の友人がナイロビで良い暮らしをしているので、ナイロビのアッパークラスの人たちばかり見ていた。
アフガニスタンでもイラクでも僕がお付き合いする人はどちらかと言えば貧乏な人が多い。ケニアは特例かも。
スラムを訪れてビックリ。大都市の様相を持つ首都ナイロビの中心部からバスで数十分走るだけでスラムが存在する。
僕がナイロビに入ってきて見ていたナイロビではないナイロビがそこにはあった。
カンベさんと一緒でなければとても行くことが難しい場所だった。「腕時計も外した方がよいですよ」と言われた。でもやっぱり僕はカメラマンなので、腕時
計を外してもカメラは構えた。スーダンに行く前に盗まれてしまっては仕方ないので、いつも二台持ち歩くカメラを一台にした。
最悪の場合一台は盗まれても仕方ないという覚悟。
おかげでトラブルはなくスラムの可愛い子ども達の写真を撮る事ができた。
発展する国の貧富の差を見た。
今年、ケニアは大統領選挙がある。どう変わっていくのだろうか。
いつも偶然は必然だが。。トラブルが役立ってきたかもしれない。
ナイロビでトラブルに遭っていなかったら、ファルコントラベルに行くこともなかったし、同じビルに入っている共同通信を訪れることもなかった。
共同の人がスーダンのホテルを紹介してくれた。紹介してもらったホテルは外国人ジャーナリストを多く扱っているようで、オーナーは外国人登録やプレス登録等の情報を沢山持っている。初めての国でどこのオフィスに行けばよいか分からない時にはありがたい。
しかし!ホテルはとても高く、僕のお財布では泊まることができない。色々とお世話になったので、帰国の一日前にだけ一泊させてもらうことにする。
もう一つ、トラブルが役立ってきたのは・・もしもっと早くスーダンに来ることができても、ホテルが高いため、結局長く滞在することができなかったと思う。ナイロビでトラブルに遭ったお陰で色々な経験ができた。ま、今回も偶然に感謝。
トラブル続きの中、21:12ようやくスーダンの首都ハルツームに降り立つ。
上空から見るハルツームは夜景がキレイで首都が大都市だということを伺わせる。この国の一部でいまだトラブルが続いていて、国連やNGOが活躍しているというのが想像しがたい。ナイロビからのフライト中スーダン人の優しさに触れ、驚きの連続だった。
ケニア人も優しかったが、スーダン人はそれ以上かも。ナイロビからのフライトは40分遅れたが、その間もスーダン人が僕の面倒を見てくれた。
寒い機内で着ていた黒のトレーナーにno war!と書いてあったのを忘れていた。トイレに行くときスーダン人に呼び止められた。最初、何を言っているのか分からなかったが、トレーナーを指さし「すごい!いいぞ!」と機内で写真を撮られてしまった。一人が写真を撮るとみんな携帯を出して僕の写真を撮り始めた。携帯で写真を撮るというのがいかにも現代的だった。なかなかトイレに行けなかったが、少し人気者になった。どこかの講演のとき買ったトレーナーが役にたった。
夜の空港に到着するのはイヤなものだが、機内で知り合ったスーダン人がタクシーをシェアしてくれて、ホテルまで正確に送り届けてくれました。アフガニスタン、イラクに続き、はまりこんでしまいそうな国が増えてしまった。
2月20日
昨晩、遅くまで飲んでいたので身体が重い。自分の身体に鞭うって日本大使館に向かう。
ナイロビの難点はタクシーが高い。その他の食事、ホテルもかなり高い。仲間のジャーナリストがアフリカはお金がかかるから取材できないとぼやいていたのを思いだした。しかも、タクシーの数が少ない。仕方なくバスを乗り継ぐことになる。
初めてケニアに来たとき、街を歩くのも怖かったし、バス、特にマタツという名の小さいバスに乗るのは怖かった。
一週間も滞在するとバスに乗るのが当たり前になってくる。ドキドキするけど結構楽しい。バスにはルートに沿ってナンバーがあるが、そんなのよく分からないからひたすら地元の人に尋ねる。
ナイロビの良いところは殆どの人が英語を話してくれる。他の国に比べて道やバスを聞くのが楽でいい。
日本大使館がある「マラロード」へ行くバスを訪ねたら、一人のケニア人女性が案内してくれた。少しなまった英語で「私はホテルで働いているから・・・」と言っていた。同じバスに乗り込み、バスの車掌さんに大使館の場所を聞き、一緒に降りてくれた。なんとなく、どこのホテルで働いているの?と聞けなかった。見覚えがある場所まで来て、「もう私がいなくても行けるわね」と。「ところで、ケニアに住んでいるの?」と、少々立ち話。違うよ、スーダンに行くんで今泊まっているだけなんだ。
「後、どのくらい滞在するの?」一週間くらいかな〜。スーダンから帰ってきたら一日だけ滞在して日本に帰るよ。「そう、とっても短くて残念ね」。あれ?新手の詐欺とも思えない彼女の眼差し。僕は丁寧にお礼をし、かたく握手をして別れた。
日本大使館でレターを受け取り、すぐさまスーダン大使館に向かう。この時10時を少しまわっていた。11時までにはスーダン大使館に行かなければならない。こんなとき、バス停がわからないとちょっと焦る。
婦人警官がきつい目をして取り締まりをしていた。ナイロビでは座席数以上に人を乗せているバスを取り締まっているようだ。
婦人警官に「ンゴグロードに行くバスに乗りたいんだけど」と話すと「私があなたの為にバスを止めてあげるわ」と言ってバスが止まらない場所で笛を吹いてバスを止めてくれた。バスの運転手は警察に止められてかなり焦っていた。ごめんなさい。
なんとか11時前にスーダン大使館に着き、今度こそ完璧なビザの申請をすませた。
もうOKかと思いきや、「2時半過ぎにこの番号に電話をしてビザが取れるか確認してください」と窓口のおばさんに言われてしまった。うーん一筋縄ではいかないものだな。しかし昔と違って携帯電話をもちあるいているから公衆電話を探さなくていいのが助かる。僕の取材(旅)もレヴェルアップしている。

「ナイロビのスラム」
慣れてきた頃に人はミスをする。
大使館からの帰り、マタツに乗って風景を眺めていたら見かけない道だと気づいた。
いつもとは違うルートを通っているようだった。
距離的にはそろそろかなーと思っていたら、終点に来たようでみんなマタツを降りていってしまった。やってしまったー!という顔をしている僕に運転手が「どこで降りるつもりだったんだ?」と聞いてきた。ウエストランドなんだけど・・と言うと思い切り笑って、「とっくに過ぎたよ」と。じゃあ他のバスに乗り換えて帰らなきゃならないね。どのバスがいいのかな?と聞くと、「このまま乗っていな、連れて行ってあげるよ」と言ってくれ、超過料金なしでウエストランドに連れて行ってくれた。「俺が海外に行ったときもよくしてもらったから、俺はゲストを大切にするのさ」と話していた。とてもいい運転手と車掌さんだった。ウエストランドで乗り換える時もまた間違ってしまった。トボトボ歩いているとWさんから電話が入った。どうも近くにいるらしい。といっても僕には場所を説明できないので、近くにいたケニア人に場所を説明してもらった。ほんの2分ほどでWさんが僕を拾ってくれた。朝早くから動き回ってへとへとだった僕にはなんともグッドタイミングに現れた救世主だった。
時間になり大使館に電話すると二度目でつながり、木曜日に取りに来てくださいと言われた。今度こそスーダンビザが手に入りそうだ。
2月18日 日曜日
busで出かけることにする。
僕が泊まっている場所が街の中心部でないため、バスがなかなか来ない。地元の人の話では20分に一本くらい来るそうだが日曜日のためか、40分待ってもバスが来ない。これは歩いた方が早いかなーと思い始めたとき、一人のケニア人がバスを待ちきれず歩き始めた。僕も続いて歩く。
歩き出して500メートルほどで後からバスがやってきた。満席で乗れないかな〜。
と思ったが手を挙げると止まってくれ、僕とケニア人の二人が乗ることができた。
お昼はサリットセンターの3階にあるフードコートで食事をする。やっぱり日本人の僕は中華系のお店でチキンチョーミー(焼きそば)を注文した。
味は。。。悪くないのだが、塩分が強すぎる。高血圧の人にはお勧めできない味だった。
サリットセンターには映画館も入っている。タイで映画を見たときは何も分からなかったが、ここケニアは英語で上映されるからそこそこ内容が理解できる。映画見てみようかなと思ったが、面白そうなのがなくてやめた。いくつかシートにランクがあるようだが、400kshくらいで見れる。スワヒリ語の字幕が入ったりするのかな〜。
2月17日
ホーカーズマーケット
ホーカーズマーケットというインド人が作った地元のオープンマーケットに行く。
ナイロビに来て驚いたのはインド系の人の多さだ。僕がアジアを旅せずにアフリカに来ていたら、彼らを見てもアフリカ人だと認識してしまっていたと思う。ドバイでもパキスタン人の多さにビックリした。
アジア地区、シンガポールやマレーシアでのインド人の地位は低い。しかしここナイロビではインド人が経済を握っている。
2世や3世も多く、僕の友人も2世で、英語とスワヒリ語は話せるが、ヒンディーは話せない。インド人が流ちょうなスワヒリ語を話す姿は奇妙な感じがする。
このマーケットでとても面白い兄ちゃんに会った。
僕を日本人と見るや「カンフー!Do
you know
me?」とおどけてきた。 僕がどう対応しよーかと思っているうちに、彼の友人が仕事をしながら「No
I don't know you!」とつっこんだ。あまりの面白さに一瞬まわりが笑いの渦に引き込まれた。
最高のタイミング、最高のつっこみだった。
2月16日
今日は久しぶりにどこにも出かけず、一日原稿を書いていた。
というのも、生まれて初めて頂いた連載「いつでも元気」があり、日本を出発する前に入稿してきたのだが、取材期間が長いため次号の原稿を入稿しなければならない。こんな時ネットがつながらないとドキドキする。
最悪は国際電話をかけて、口頭で原稿の内容を伝えようなと思った。お陰様でなんとかネットにつながり、原稿を送ることができた。
しかし、ケニアの風を感じながら書く原稿は日本に籠もって書くより格段に早かった。しかも原稿の内容が僕が経験した世界の旅だから余計はかどった。
日本にいて自分が経験した旅を思い出すより旅の最中に旅の原稿を書けるのは幸せかも。
2月15日
15日スーダン大使館にパスポートを受け取りに行く。
残念なことにビザは発給されなかった。ま、予定より少し早くケニアに入ってきたし、焦りはない。
日本大使館発行のレターがいるというので、スーダン大使館から日本大使館へ向かう。日本大使館は引っ越しをしたばかりで、ガイドブックに載っている場所にはなかった。ローカルバスを乗り継ぎ、三回道を尋ねた。ケニア人はみんな親切でとても丁寧に道を教えてくれた。
日本大使館は凄い建物。一見の価値あり。大使館にレターを書いてもらうことをお願いした。以前パキスタンでお願いしたときはとても不親切な対応だったので、今回も身構えて大使館に行ったが、ケニアの日本大使館の対応はとてもよかった。
なんで携帯を持って入れないのかが良く分からないが。
帰り、バス停でバスを待っている時二人組のケニア人と仲良くなり、こちらにきてはじめてケニア人と一緒に記念写真を撮った。カメラは「写るんです」。
2月13日
ナイロビでは友人宅にお邪魔している。
友人と言っても付き合いは浅く、僕の地元にある行きつけのレストランで知り合った友人。
めったに帰国しないWさんと偶然にも二度同じレストランで出会った。これは何かの縁。いつでもナイロビに遊びにおいで!
と誘ってもらっていた。
実は前回、7月にイラク取材の後に、ドバイ経由でケニアに遊びに行こうかと計画したのだが、日本から飛ぶのと同じくらい高くて、
ケニア行きを諦めた経緯があった。
誘ってもらったら必ず行く主義の僕。スーダンはケニアの隣国。ということでお邪魔することになった。
僕が知り合ったのは奥さんのWさん。勿論、旦那さんのKさんとは全く面識がない。
こんなんでお邪魔しちゃって良いのかなーという不安もあった。
昨晩はボウモアを飲みながらKさんと遅くまで語り合ってしまった。遠くアフリカの地に新たな友ができた。
朝、家の中の動きは感じていたものの、とても眠くて身体が動かなかった。
今日はスーダン大使館に行けなくてもいいやー。と思っていたらWさんがおこしに来てくれた。
朝食をすませオフィスへ。昨日の到着から車でばかり動いていたので、どうも土地勘がない。(そもそも生まれつきの方向音痴)
大使館まで車で送ってもらい、帰りはタクシーのつもり。スーダンのビザを取得するにはカンパニーレターがいるので、オフィスのコンピュータを使って、ちょっとばかりインチキくさいレターをプリントアウトして持って行った。
昨日、スーダン大使館に来たとき、ビザは火曜日と木曜日だよ。と教えてくれた門番のおじさんが僕を覚えていてくれて11:00を少しまわっていたが、「welcome again」と言い入れてくれた。
斜めにコピーされたちょっといい加減なビザアプリケーションに必要事項を書き込み待つ。
インチキくさいレターを見たおばさんの顔が少しこわばったが、なんとか写真二枚とパスポートを受け取ってくれた。
「check on thursday」と言われた。うまくビザがもらえることを期待しつつ。
大使館から大通りまでゆっくり歩く。
タクシーに乗ろうと思ったが、1000kshの大金しか持っていなかったのでガソリンスタンドでアイスクリームと水を買った。
アイスを食べながら大通りを観察するが、タクシーが全く通っていない。
こりゃーやばいなーと思いつつ近くのバス停まで行く。○○の歩き方にはナイロビでは決してローカルバスに乗ってはいけないと書いてある。
バス停で待つ人に乗るべきバスを訪ねるととても親切に教えてくれた。英語が通じるというのは本当にありがたい。
すぐに目的のバスが来て飛び乗ったが、ダメダメ!と言われ降ろされてしまった。日本人だから拒否されたのかと思って聞いてみると、満席の場合は乗せてもらえないそうだ。次のバスも満席。次の次のバスに乗る。○○の歩き方の忠告を無視してナイロビ二日目にしてバスに乗ってしまった。
20分ほどのバスの旅は楽しかった。
致命傷を負わない程度に、その国に対して身体をオープンにしていかなければその国の事はわからないと改めて思った。
バスの中でカメラを出すのはやめた方が良いと思ったが、やっぱり我慢できずにカメラを出してしまった。
やっぱり僕はカメラマン。

今日はlucky day!
火曜日は週に一度のマサイマーケットが開かれる日だ。
またまたガイドブックにはスリや強盗が多いから・・と書いてある。スリくらいは良いけど、強盗はいやだなと思う。
しかし、そんな事を言っていたら写真は撮れない。スーダン取材ができないのは困るので、カメラ一台を残してマーケットに向かう。
通りの両側に多くの露天商が建ち並び、雰囲気は最高。以外な事に観光客よりも地元の人たちが多い。聞けば、このマーケットで買った民芸品をホテルやお土産やさんで売るそうだ。ということはここは卸売り市場。
いつものことでお土産は欲しいけど、持って買えるスペースの余裕がない。しかし写真だけ撮って何も買わないのも失礼と思い、小さなお皿を買う。一個100kshと言われた。うーん!と言う顔をしているとすぐに一個75kshという値段がでてきた。「いくつ買ってくれるんだ?」と聞かれたので、よし、四つで200kshでどうだ?と聞いた、少し迷った感じがあったものの、いいよ!と言ってくれた。
包んでもらっていると、もう一個+100kshでどうだ?と聞かれた、一瞬迷ったがno!no!と笑顔で返した。さすがに足し算苦手な僕でもわかった。


2月12日
早朝、ナイロビに到着する。道中、飛行機はかなり揺れた。天候が悪かったようで2時間ほど遅れての到着になった。
一つ気になることがある。今回初めてケニア航空を利用したが、タイの新しい空港でチェックインする時、武器を持っている人は必ず係員に申し出てくださいという看板があった。申し出れば持ち込めるのだろうか。
空港の目の前は国立公園になっている。運が良ければキリンさんに会えるよ。とナイロビ在住の友人から聞いていた。
ようやく日が昇りはじめたナイロビ。国立公園の方を見ると象さんがいた!ドライバーにあれって象だよね。と聞くと。キリンは見たことあるけど、俺も象を見るのは初めてだよ。と言われた。朝早く寝ぼけ気味だった僕だが、初めてアフリカの大地に降り立ったんだという実感がわいてきた。
2月11日
バンコクにて
ケニアへはバンコクからケニア航空で向かう。
23:00出発という遅い時間の飛行機。
お昼にホテルをチェックアウトする。さてどう時間をつぶすか。
これから取材に向かうという気持ちの中で観光をする気にはなれなかった。歳とったかな〜。昔ならギリギリまで観光してた気がする。コーヒーでも飲みながら考えようと、スクムビットのコーヒーやさんに入る。コーヒーを飲みながら窓の外を行き来する人をぼーっと眺めていた。日本から持ってきた小説を読みつつ時間をつぶす。といっても一時間ももたなかった。さあどうしようと思っていると隣がネットやさんだった。
ホテルでローミングできなかったので、横文字しか使えなくてもいいやと思い一分1バーツのネットやに入る。メールをチェックするも待っていた重要なメールは来ていなくて、横文字でミクシー日記を書く。
さて、ネットやにいたのも30分ほど。まだまだ時間はある。
日本にいるとき、3年ぶりの風邪をひいていたのでちょっと身体がだるかった。そっかー!マッサージに行こうと思い、前回予約が一杯で諦めたマッサージやさんに行くことにした。
ANAの乗務員ががタイに来たら行くという人気のタイマッサージやさん。
2時間コースで500バーツ。ちょっと部屋が寒かったのが厳しかったが、かなり身体のこりがとれた。
外へでてもまだ日は高かった。名前は分からないけど、バナナ入りクレープみたいな食べ物を屋台で売っている所があったので買って食べる。うまい。日本ではクレープ買えない僕としては嬉しい。
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