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| 最近の出来事2004年2月〜3月 |
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フォトジャーナリスト久保田弘信 |
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■3月9日の写真
米軍の演習によって山火事が起こった。山の一部が見事に焼けこげていた
■2月25日
短い滞在期間だったけど、色々な人たちに会えてとっても良かった。5月に写真展ができそうだし、またゆっくりと訪れたいと思いつつロスを後にした。
■2月24日
ロス、ダウンタウン今日は何も予定を入れていなかったので、一人歩きをする。ロス在住の人に案内してもらわないと分からない事が多いが、自分一人で歩き回って見えてくるものも多い。
これはどの国でも同じだと思う。まずはダウンタウンに歩き出し、食事をする事
にする。ロスは中華、韓国料理、ファーストフードとなんでもあるので食事には困らない。フードコートを歩きまわり、中華のセットを食べることにする。焼きそばと酢豚のセット、ドリンク付きで5$弱だった。
ダウンタウンを歩くと物乞いの人たちをちらほらと見かけるがが、みんなそこ
そこの生活をしているようだ。街角で黒人のサックス奏者を見かけた。音楽に関してはよく分からないが、心に響くサウンドだった。何故か懐かしい響きで、悲しい気分になってしまった。立ち止まってお金を渡して行く人もいるが殆どが同じ黒人の人だった。
30分ほど聞き入っていると、初老の白人男性が「良いサウンドだね」と1$渡
していった。ロスは移民も多く、混在の社会だがその中でもやはり黒人は比較的貧しい生活をしていることが多い。とは言え、あまりにもいろんな人種が混在しているせいか、ロスに関しては僕が想像していたほど差別はなかった。
ここまで来たらやはり地下鉄に乗りたい。別にどこに行きたいという思いはな
かったんだけど、地下鉄の駅に向かった。チケットを買おうとするが、1$紙幣が出てきてしまいなかなか買えない。後から来た人に譲ったが、その人もうまく買えなかった。つまり券売機が壊れていたようだ。壊れていてもout
of orderと書かれていないのがアメリカらしい。薄暗い階段を下りてホームに入る。お客さんが少ない。肩から下げたカメラに対して視線が熱い。列車に乗り込むと一つの車両に4〜5人のお客さんしかいない。この乗車率の低さが恐い。中には座席が空いているのに床に座り込んでいる人もいる。おかしな話だけど、アフガニスタンやイラクを歩くのと同じくらい緊張した。コリアンタウンの辺りで降りる。駅を出るときに切符を無くしてしまっていた。
どうしようと思いつつ出口に向かう。ん?改札がない。よく考えたら乗るときも
改札が無かった。後で聞くと改札がないぶん、時折検札があり、切符を持っていないと莫大な罰金をとられるそうだ。どこの国にいってもチャイナタウンを見かけるが、ロスには珍しく大きなコリアンタウンがある。バスに乗ると韓国系のおばちゃんが偶然乗り合わせた黒人のおばちゃんと話始めた。「もうー朝が早いし、お休みもなくて大変よー」「私も週に一回しか休みはないわよ」。見知らぬ二人の会話が面白かった。そして日本の東京よりも暖かさを感じた。東京では他人同士が会話するのは希だがロスでは結構見かける。スターバックスでも隣りにいたおじさんに話しかける若者を見たりもした。少し羨ましい気がした。 夜はYさんにマッサージをしてもらった。アフガニスタン以降、本当に腰痛が酷い。僕より年輩のジャーナリストの人たちが世界を飛び回るのを見て、僕は年とったらできないなーとつくづく思う。Yさんは若い頃ロスに来て、なんだかんだとロスに住むようになってしまったようだ。飲酒運転で警察につかまり一泊したこともあるそうで、興味深い話を沢山聞かせてもらった。
2月24日の写真

ダウンタウンのサックス奏者
2月24日の写真

ロスの地下鉄に乗った。
お昼過ぎに乗ったため、お客さんが少なくちーと恐かった。
■2月23日
ロスでようやく青空に出会えた。年間で一ヶ月分しか雨が降らないロスで連続の雨にたたられてしまった。サンディエゴへ行く今日、晴れてくれて良かった。
よく考えたら読者のみなさんにとっては当たり前の事ばかりなのかもと気づいた。
僕にとってアメリカはイラクやアフガニスタンより刺激的なのだが、みなさんか
らすれば、「何を当たり前の事を書いているんだ」と思われるかも。ま、僕の独り言ですので。適当に読み流して下さい。
フリーウエイを南下してサンディエゴに向かう。片側4〜5車線のひろーい道
路。これが全部タダだというのが日本人的な感覚からするとビックリ。2車線で年中渋滞している首都高速に高いお金を払っているのがばからしくなってしまう。平均速度も120〜130キロくらいで速い。日本では売られていない日本車が沢山走っていて面白い。途中ドライブインで少し休憩を取ったとき、海沿いで沢山のカモメさんがいた。写真を撮っていると、足下を動く影が。何かと思い注意してみると、野生のリスがいた。ドライブインに立ち寄る人が餌をあげるせいか、人慣れしていてとても可愛い。しばしリスと戯れ、再び南下する。広大なアメリカの景色を満喫していると、あっという間にサンディエゴに着いた。アザラシがいるかもしれないと聞き、アザラシを見に行く。海岸沿いに何十頭ものアザラシが寝そべっている。動物園以外で初めてアザラシを見た僕は感激。今度サンディエゴに来たら近くのホテルに泊まって一日中アザラシを見ていたいと思う。泳ぐ姿を見てみたかったが、彼らはお昼寝に忙しかったみたいだ。優雅でいいねー。
サンディエゴに住んでいるもとイラン人のお宅を訪ねる。久しぶりに懐かしいフ
ァルシーを聞いた。日系の人もそうだが、ここの子供も日本の英語の先生よりきれいな英語を話す。(あたりまえか?)しかもファルシーも話せる。いつも言語で困っている僕としては本当に羨ましいかぎりだ。夫婦にイラク戦争のDVDを見てもらった。DVDは日本語なのでサエコさんに通着してもらいながら見てもらった。僕がするべきなのだが、とてもそんな能力はない。サエコさん何度も通訳してくれてありがとう。
旦那さんはイランイラク戦争を経験しているそうだ。今回の戦争を見る目も複雑
だろう。何と言ってもかつての敵国なのだから。しかし彼はアメリカに来たことが原因か、ニュートラルな考え方をしていてイラクの人たちを被害者として見ることができるようだった。彼が「みんなには分からないだろうが俺とヒロにはこの戦争の匂いが感じられる」と言った。空爆の時僕が味わった、なんかこう喉が乾くような独特の感覚。
言葉で説明しなくても彼はその感覚がわかるようだった。この感覚が分かってしまう人は不幸な人なんだと思った。サエコさんが仕事に行くので僕はベイビーシッターのように日本人のおばさまに預けられた。このおばさまがとても豪快な人で僕は大好きになった。飾らないし、日本人らしくなく、本音で話せるのが良い。おばさまが、これまた豪快な運転で夜のサンディエゴを案内してくれた。帰りは僕が運転した。右側通行は慣れるまで恐い。追い越すときもついつい右側から追い越してしまった。ロスに着いたのは夜中だった。今日はダウンタウンのモーテルに泊まる。充実した一日だった。
2月23日の写真

サンディエゴの海岸にはアザラシのコロニーがある。
みんなひたすら眠っていた。
サンディエゴに行く途中のドライブイン
沢山のカモメと野生のリスがいた。
■2月22日
朝から強い雨が降っている。あーあ。天気予報によると嵐が来ているらしい。なんてこった。朝7時に起きたものの、あまりの雨のひどさにもう一度ふて寝する。10時少し前に再び起きると、雨は小雨になっていた。
12時にmasa君が迎えに来てくれた。雨がひどくて朝ご飯も食べに行っていなかったので、すぐに食事に行くことにした。masa君の勧めで飲茶を食べに行くことにした。
ビックリ!ここは中国かと思うくらい美味しい飲茶だった。かつて広州で食べた飲茶に匹敵する美味しさだった。食事をしていると少し晴れ間がでてきたので、憧れのサンタモニカに向かう。残念なことに完璧な青空にはならなかったが、初めてロスらしさをあじわうことができた。近くのサードストリートへ行く。サードストリートは日本の原宿のような感じの所。いわゆるアメリカっぽい雰囲気が味わえた。ファーマーズマーケットに立ち寄り、ハリウッドへ。アジアニュースの板倉さんがカチンコ(映画の撮影時に最初に使うやつ)を買ってきて欲しいなどというものだから、一生懸命さがしたよ。着替えも少なかったのでついでに「ハリウッド」と書かれた恥ずかしいTシャツも買った。
夜はロスに住んでいる日本人の人たちにイラクのDVDを見たもらった。5月を目処にロスでのアフガニスタン・イラクの写真展をすることになりそうだ。アフガニスタンやイラク人の笑顔の写真をアメリカの人に見てもらいたいと思う。また忙しくなりそうだ。

ファーマーズマーケット
■2月21日
アメリカの第一印象はでかい!だ。
上空から見るロスの家はどれも庭があり、テレビで見ていたアメリカを思わせる。うらやましいの一言だ。ロスは一年を通じて温暖だときいていたのだが、寒い!まさかの為に持ってきた海水パンツは沖縄に引き続き出番がなさそうだ。ロス!と言えば青い空。しかし昨日も今日も曇り。昨日は雨さえ降った。イラクで運を使い果たしてしまったのだろうか?
今日は14歳までイラクにいた元イラク人に会いに行く。奥さんのベティーさんはアフガニスタンにも行ったことがあるし、夫の祖国イラクにもとても興味があるようだったが。しかし旦那さんは苦い思いでがあるようで、イラクの話に興味があるんだけど、あまり話したくないようだった。僕が聞けたのは彼がバスラ出身だということくらいだった。バスラの写真を見せるととても興味深そうだったが、すぐに目をふせた。ここにも戦争の陰があった。典型的なアメリカンファミリーのように見えて、重い過去を引きずっているようだった。
ユニバーサルスタジオに行きました。
でも外から見ただけ。
<曇り空のロス>
■2月20日。
僕の誕生日の2ヶ月まえ。海外に飛ぶようになって10年が経つ。
ようやくにしてアメリカ本土に行く機会ができた。今回はロサンゼルスに行くことになった。きっかけは僕のホームページ。見ていてくれた人がメールをくれ、何度かメールのやりとりをする中、今年になり日本の京都で会うことができた。その時に僕は「イラクから帰ってきたらロスに行くから宜しく」と言ってしまった。僕が唯一誇れる所は有言実行であること。メールのやりとりで是非来てくださいと誘ってもらったら行くしかない。
アメリカでの写真展の企画もあり、短い期間だけどアメリカに行くことになった。アメリカはかつて一度だけ島に行ったことがあるだけだ。いつもお世話になっているアクロスでチケットを手配してもらったときに。「ビザは入らないんですよねー?」と聞いてしまい。「日頃、久保田さんが行かれる国とは違いますので、ビザは入りませんよ」と笑われてしまった。
17:30定刻より15分遅れで離陸する。
ロスまでの飛行時間は8時間40分。できれば寝たいなーっと思い、飛行機の後ろの方の席を押さえてもらった。お陰差で、お隣は空席。今きた機内食を食べて、ゆっくりと睡眠をとりたいと思う。今回は初めてが多い。ふと気づけば、東回りで飛行機に乗るのは初めて、日付変更線を越えるのも初めて、島に行ったとき?どうだったか忘れてしまった。世界ナンバーワンを誇るアメリカという国、アフガニスタン、イラクと二度も戦争を仕掛けた国が僕の目にどのように写るのか楽しみだ。
■2月10日
講演で沖縄を訪れるのは三度目になる。
最初に招いてくれた沖縄国際大学の学生さんが中心になってまた沖縄に行くことができた。今回は講演だけでなく、ひめゆり学徒の生き残りの方からお話を聞く機会や、辺野古のエコツアーをしている人との出会いも企画してもらっている。
2月の沖縄はまだ肌寒い。一応念のためと思い、海水パンツを持参したが、今回は使う機会がなさそうだ。なんだかんだと、予定がつまっていて、この日記は今日2月20日ロスに向かう飛行機の中でメモを見ながら書いているんです。機内食がきたので、一休みしてまた後ほど。この日記はロスからアップする予定です。
■2月15日
レンジ4都市型訓練施設建設反対のデモ行進。沖縄 伊芸区

■2月14日
少し早い春をお届けします。
「沖縄県名護市のサクラ」

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