久保田弘信シリア日記
2007年12月12日〜

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12日
なんだかんだで眠れぬ夜を過ごし、少し寝不足気味に成田空港に入る。
昨晩、夜中にお腹がへってラーメンが食べたかったので日本最後の食事をラーメンにする。
久しぶりの第一ターミナルの4Fでラーメンを食べるが、うーんって感じ。
アリタリア航空が満席と聞いていたので早目にチェックインをしたものの、時間があまってしまった。
日本最後のメール、ミクシーを。
ミラノまで12時間。
過去、最長記録はイランへの直行便の11時間だった。
なんとか一番後ろの席を確保してもらった。

昨晩、寝不足だったのが良かったのか二度の機内食の間、結構眠ることができた。
おかげさまで12時間飛んだとう気がしないままミラノに到着。
近年、テロ対策が厳しくなったためトランジットのセキュリティーチェクが面倒。
機材を出したり、パスポートとチケットを出したり大変。
ようやくチェクを終え、お茶でもしようかと財布を捜すと財布がない!
ヤバイ、セキュリティーチェクの時お財布をいれたポーチをトレイに落としたみたい。

慌ててセキュリティーチェクの場所に戻ろうとするが、そこは方向音痴の僕。
どっちから来たか分からなくなってしまっていた。
インフォーメーションのお姉さんに、セキュリティーチェクゲートに忘れ物したみたいなんだけど、どっち?
とかなり焦って聞く。
ゲートに逆流していって、一番親切そうな係官に「お財布の入ったポーチを忘れたみたいなんだけど」
と聞くと。周りの係官に聞いてくれた。
違う乗客が持って行っていたらアウトだ。しかも僕らしくなく全財産を一緒にしていた。
となりの係官がそれならこっちにあるよ!みたいなイタリア語で話してくれた。
あった〜!パスポートを見せて本人確認をしてもらいポーチを返してもらった。
あぶない、あぶない。


13日
3時間ほどトランジットの待ち時間でシリアに向かう。
シリアに着くとすでに午前2時を回っていた。
入国審査のカウンターに長蛇の列。
外国人専用のカウンターが3つあるが、3つともなかなか進まない。
よく見るとその場でビザを発給してもらっている。それは進まないわけだ。
30分以上列に並んでいたがこれじゃらちがあかないと思い隣のシリア人専用カウンターがあいたのを見計らって、
ビザあるんだけどそっちのカウンターでいい?と身振り。
OKをもらいようやくシリアに入国。
タクシーでホテルに着いたときは4時を回っていた。
日本を出てから26時間。さすがに疲れた。
ホテルでお休み。

14日
11時に頼んだモーニングコールは何故か10時半。
それでも疲れていたせいか熟睡できたようで疲れはとれていた。
小雨交じりのダマスカス市内にでかける。
初日は少しばかり高級ホテルを予約してあったので、今日以降泊まるホテルを探しにいく。
何とかリーズナブルなホテルを探し当て、昼食。
よく考えたら朝一番のコーヒーしか飲んでいなかった。
昼食は勿論グルグルチキン。懐かしいフムース(豆のペースト)そしてチャイ。



さすがに一食目は美味しい。
今日は金曜日であちこちがお休みだからできる事が少ない。
というわけで、イラク戦争から脱出してきたときに訪れたウマイヤドモスクへ行く。
懐かしいアーケードのスーク、荘厳なモスク。
4月、あのときはとても暑かった。今は冬。しかし懐かしいアイスクリーム屋でアイスを食べる。
中学生と小学生くらいの三人組の子供がアイス屋さんでたばこを吸っていた。
一番小さい子がたばこに火をつけようととして眉を焦がしていた。ギャグのようなシーンで涙がでるほど笑ってしまった。



15日
イラクから数百万人の難民がシリアに来ている。そんな情報がなければいつも通りのシリアにしか見えない。
よく聞けばイラク人のアラビア語とシリア人のアラビア語は方言があり、幾分違うのだが僕には分からない。
顔立ちも同じアラブ圏の人から見れば分かるんだろうが、これまた僕には分からない。
アフガニスタン戦争が起こったときパキスタンに避難してきたアフガニスタン難民はその服装や顔立ちから明らかに
アフガニスタン人だと分かった。
しかもアフガニスタンの時は国境沿いやパキスタン国内にいくつもの難民キャンプが作られ、多くの難民はキャンプに入った。
一部少数民族の人たちが以前からパキスタンに住んでいる同族を頼って町中に住むことになった。
アフガニスタン難民を探すのは比較的簡単だった。

今回、イラクからの難民はすべて町中に入りそこで生活している。
ダマスカス郊外にイラク人が多く住む場所があるので、タクシーをチャーターして行ってみる。
その街に入っても残念なことに誰がイラク人で、誰がシリア人なのか全く分からなかった。
街ゆく人にあなたはイラクから来ましたか?なんて聞くのも失礼だし。
どうしようか困りつつ、商店街を歩く。

シリアの人はとても親日的で僕をみるとあちこちから挨拶をしてくれる。
カメラをぶら下げていると写真を撮ってくれ!と笑顔で声をかけてくる人も多い
道ばたの雑貨やさんが声をかけてきてくれた。
かなり上手な英語で。
かなりいい人だったのでポケットから写真を出して、「ダマスカスに避難してきている僕の友人のイラク人を捜しているんだけど」
と話してみた。
「この辺りはイラク人が多いって聞いて来たんだけど、どの辺にいるのかな〜」と聞くと、後ろのパン屋さん見てみな。
あのパン屋さんに赤い文字書いてあるだろう。あれイラクのパンって書いてあるんだよ。と教えてくれた。
アラビヤ文字が読めない僕にとっては灯台もと暗しだった。
話しかけてきてくれたシリア人に通訳してもらいながらイラク人をお話をしていると、二人組のシリア人らしき人が来て何事か言っている。
目つきがあまりいい感じじゃないな〜と思っているとボリスと言ってきた。もしやと思い聞き返してみるとボリスではなくポリス。
シリアの秘密警察だった。
通訳してくれたいたシリア人もまずいな〜って顔をしている。まずはビデオのテープを押収され、目の前で引きちぎれれてしまった。
写真の方はデジタルなので、内容を見せてなんとか返してもらえた。身振りとアラビア語でどうも身分証明書を見せろ。
と言っているみたいなので通訳に聞いてみたが答えてくれない。この時の為に友人の写真を持っていた。
この写真の人を探しているんですよ。家族も心配していて。(これは本当)しかし150万人もいるイラク人の中から見つけられるとは思っていない。
言い訳はなんとか通じたが、とにかくこの辺りで写真を撮るな。早く立ち去れと言われてしまった。
通訳をしてくれていた人にお詫びをすると、彼は気にしてないから大丈夫だよ。と言ってくれた。
秘密警察が「身分証明書を見せろ」といった部分を敢えて通訳しないでいてくれたようだ。機転の良さと親切さに感謝。



かつてバグダッドで叫び声とともに裸足の男が後ろから走ってきた事があった。
何事かと振り向くと、何かを盗んだらしい裸足の男を二人の男が追いかけていた。
裸足の男は僕の横を猛烈な速さで走り抜け、前方にあるモスクの中へ逃げ込んだ。
反射的に僕もモスクの方へ走る。
後から来た二人の男が「そいつは物を盗んだ。引き渡せ」と言っている。
ところがモスクの宗教指導者はモスクに入った人間は例えそれが犯罪者でも引き渡すことはできないと
宣言していた。
秘密警察に捕まった以上あまりこの辺りをうろうろするのは望ましくない。
前方にきれいなモスクがあったのでそこに入れてもらおうと思った。
入り口に受付らしい女性がいたので外国人も入れるのか聞いてみる。モスクを指さし「モンケン?」可能ですか?
と聞く。女性はうなずき、僕は中に入ることができた。
これで秘密警察がきても僕は引き渡されないだろう。と少し安心。
安心すると入ったモスクが結構美しいモスクだと気がついた。
再び入り口に戻り「モンケン スーラ」写真を撮っても大丈夫?と聞く。
女性は笑顔で大丈夫よと答えてくれた。

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